考え方次第で人生があまりにも変わってしまった2人の物語

何でも考え方次第とは言いますが、
実際に考え方で変わるものといえば、
「精神状態」「人生」大きく分けるとこんなところですかね。

まず精神状態について言うと、
これは誰かに何かを言われた時にどう受け取るか?ということです。


例えば仕事でミスをして2人が怒られたとします。

Aさんは怒られて萎縮してしまい、
自分のミスを責めて悲しくなります。
早く怒るのをやめて欲しいと心の中で祈ります。

Bさんは怒られたことに責任を感じますが、
しっかりと上司の話を聞き、なぜミスをしたのか振り返ります。
そして次回からは同じミスをしないように、
気をつけようと考えます。


Aさんの問題は意識の向いている方向が、
上司に怒られている現実ということです。

Bさんは上司が怒った原因となる、
仕事のミスについて考え、対策を取ろうとします。


もしAさんがミスした理由を考えず、
またいつもと同じように仕事をしてしまえば、
同じミスを繰り返し、上司に怒られるでしょう。


一方Bさんはなぜミスしたのか原因が分かったので、
次からは同じミスをしなくなり、上司に怒られることもありません。

さらに、ミスをした原因を考えることで、
他のことに取り組む際も、失敗せずに上手くこなすには
どうすればいいのかまで考えが及ぶようになります。


Aさんはミスをしたら怒られるとしか考えず、
ミスをしないように気をつけますが、
ミスをしてしまう根本的な原因を考えないので、
結局同じミスを繰り返し、上司に怒られます。


Bさんは同じミスをほとんどしなくなり、
新しいことでも失敗しにくくなるので、
上司に怒られる回数が減ります。

 

怒られているという現象は2人とも同じですが、
考え方次第でこうも後々の状況が変わってきます。



そして、考え方によってさらに影響があるのが人生そのものです。

これもとある2人に例えてみましょう。

例えるのはサッカー選手を目指す小学生3年生の少年です。
2人ともサッカーの上手さは同じくらいで、
周りから、この2人は将来有望だと思われているくらいの実力です。
2人とも同じ小学校のサッカーチームに所属しています。


サッカー選手を目指すといっても、
A君は世界で活躍するサッカー選手を目指しています。

B君は日本のプロチームで活躍することを目指しています。


そして、2人はこれから大人へと向かって練習を重ねていきます。


A君は、世界で活躍できる選手を目指して、
お父さんに世界の選手の練習メニューや方法を調べて欲しいと頼みます。
お父さんは息子のやる気に応え、世界を目指すジュニア選手用の練習法を用意しました。

早速A君は練習に取り掛かかります。
世界を目指すための練習は極めてハードです。
ハード過ぎて最初から足がつりそうになったり、
パンパンになって地面に崩れ落ちます。

「もう動けないや・・・」そういってA君は最初の練習を終えました。


足の疲れが取れた数日後、練習を再開します。

練習をしてみると、前回よりも足がつるまでの時間が長くなったり、
足がパンパンになるまでの時間が長くなりました。

そしてダウン。練習が終わります。


そんな練習をひたすら繰り返していきました。



一方B君は、日本のプロ選手になりたいので、
お父さんに日本のプロを目指すための練習メニューを用意してもらいました。

B君は早速練習に取り組みます。

最初の練習では足がパンパンになりながらも
なんとか練習をこなしますが、疲労がピークになり練習終了です。


足の疲れが取れた数日後、また練習を再開します。

すると前回パンパンになっていた足が、
同じ練習量ではパンパンにならなくなっています。

気を良くしたB君は「まだまだやれるよ!」と言い放ち、
前回よりもさらに練習時間が延びました。


こんな日々をひたすら繰り返していきました。



そしてやってきた他校との試合。

A君とB君の練習成果の見せ場です。


A君にボールが渡ります。
A君は必死に相手をドリブルで交わそうとします。
すると、あっさり相手を抜くことができました。
「前はこんなに楽に抜けなかったのに」と思いますが、
どんどん進んでいきゴールを決めました。


そしてその後B君にボールが渡ります。

B君も必死に相手を交わそうとドリブルします。


A君と同じ相手に捕まりました。
B君はA君が楽な感じで抜いていたのを見ていたので、
必死にやれば自分も抜ける相手だと思っていました。


しかし、B君が相手を交わそうとフェイントをかけますが、
ことごとく見破られてしまいます。
少し粘ったあと、何とか交わしますが、
「あれ、A君と実力は同じくらいなのにおかしいな・・・」と感じます。


結局試合はA君とB君が活躍しチームは勝利しました。



その後も2人はそれぞれの夢を叶えるため、
中学校、高校とサッカー漬けの毎日を送ります。

その間、A君は毎日限界まで追い込まないといけない練習に
音を上げそうになりますが、これも世界で活躍する選手になるためだと頑張ります。
周りからは「あいつの練習量は変人だ」と言われてしまいます。


B君も日本のプロで活躍するために毎日必死に練習をこなします。
周りからは「プロになるならそれくらいはやらないとな」と言われています。

そして長い年月が過ぎ、高校卒業が近づいてきました。


2人ともプロ選手になりたいので、
スカウトされないかそわそわしています。


世界を目指して練習に励んだA君は、
なんと、うちでやらないかと日本のプロチームからの誘いがあり、
卒業と同時に入団することになって、世界で活躍する選手への夢に
また一歩近づきました。


一方B君もスカウトの目には留まりましたが、
もう一歩という所でスカウトの誘いはありませんでした。


世界で活躍する選手を目指すA君と、
日本のプロ選手を目指すB君とでは、
練習内容や練習時間に差がありました。


そんな2人が何年も練習を続けていった結果、
埋められない差というものができてしまったのです。



もちろんこれはフィクションですが、
世界を視野に入れて練習する人と、
日本だけを視野に入れて練習する人とでは、
行動の質も変わってくるのは想像に難くないと思います。



他にも、同じ能力の2人がいて、
片方は東大を目指してそれなりの勉強をします。
もう片方は地方のランクの低い大学でいいと思い、
それなりの勉強をします。

この2人が受験シーズン頃になると、
どれくらい能力に差がついているでしょうか?


東大を目指した方は、もし東大に入れなくても、
そこそこの大学に入れるくらいの実力があると思います。

しかし、地方の大学に入れたらいいと思って勉強した方は、
地方の大学には入れたとしても、
東大を目指して勉強をしていた人が入れる大学に
受かるのは難しくないでしょうか?


同じスタート地点に立っているにも関わらず、
将来的な実力や立ち位置がこれほど変わってしまいます。

これは能力の差がどうとか、
才能がどうとか言う前に、
本人がどこを目指すかという考え方次第ではないでしょうか?



なので、あなたがもし何かを目指すなら、
周りに笑われるくらいでっかい目標を立て、
それを目指して頑張っていけば、
例えそれが達成できなくても、
かなりの実力がついているはずです。

そこからは、もう一度その目標に向かって進むことを選ぶか、
身についている力で他にできることはないかを考えてみれば、
案外選択肢は広がっていくと思います。


問題なのは、低い目標を設定するということです。

低い目標を立てるということは、
頑張ってもその目標を達成するか、
それ以下で終わってしまうということです。

もちろん、何も知識がない状態で高い目標を立てても、
挫折したり行き詰ったりすると思いますので、
目指すものに対してある程度全体像が見えてから、
高い目標を立ててもいいと思います。


高い目標を立てて行動するというのは、
実力が底上げされやすいということです。

「今の自分にはちょっと無理かな?」
ぐらいの目標を立てて取り組んでいけば、
その途中で、「意外とできるな」と思う瞬間があると思います。


自分で思う限界というのは、
案外低く設定されていたりしますからね。



僕は現在月50万円ほどの不労収入を得て、 好きな事をして自由に暮らしています。

そんなことを聞くと、
でたでた怪しい奴って思いますよね。
周りからも才能があったんじゃないかとも言われます。

 

でも、僕はレジ打ちもクビに追い込まれましたし、
人と関わるのが苦手で人間不信にもなりました。
就職した会社も結局馴染めず数年で退職しました。

他人に対して劣等感しかなかった僕でも、
少しの間ビジネスを頑張ってみたら人生がひっくり返りました。

 

それまでの僕は、
実家が貧乏で常にお金がない日々を送り、
就職して何年経っても給料が上がらず、
お金や人間関係のストレスを常に抱えていました。

そんな状況だった僕でも、
たった一つのことを知っただけで、
雇われる人生から解放され何にも縛られない生活を実現しました

今では毎朝好きな時間に起きて
趣味やゲーム、映画を楽しんだり、 1万円以上の買い物を普通にしたり、
平日に高級料理を食べに行ったり、
ふらっと旅行に行ったりして自由に生活しています。


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